【磯谷利恵さん】行けなかった恋人との食事の約束、その人生・そして事件内容

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美人OL磯谷理恵(いそがいりえ)さんが、命を絶たれた事件。

派遣会社社員の会社員磯谷理恵さん、当時31歳。
彼女は1歳の時に父親を亡くし、母娘二人で助け合って生きてきた。
母親は、娘について、「母娘二人だと姉妹のようになる」と語っている。

そんな彼女が命を奪われたのは、平成19年8月24日だ。
闇の職業安定所という闇サイトで知り合った男3人が、強盗目的で、帰宅途中の彼女を襲った。
車に連れ込み手錠をかけ、現金、キャッシュカードを奪う。
そして、脅迫し、暗証番号を聞き出した。
しかし、その番号は嘘だった。それは彼女が最後に抵抗した証であった。
聞き出してすぐに彼女の命を奪った彼ら。
ATMに向かいお金を引き出そうと試みるも、暗証番号が違っていた。

なぜ、そこまでして彼女は口座のお金を守ろうとしたのか。
それは、彼女が母親にマイホームをサプライズでプレゼントするためにこっそりと貯めていたお金だったからに他ならない。
命と引換えに、彼女は、その口座のお金を守ったのだ。

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磯谷利恵さんのあゆみ

子供の頃の磯谷さんは、とても大人しい性格だったそうだ。
中学時代は文芸部と読書クラブに所属していた。知的なことが好きな女性だったのだろう。
そして、大人になり、24、5歳の頃から囲碁を始めた。
そのころといえば、漫画「ヒカルの碁」が大ブームになり、一気に日本の囲碁人口が増えた時期に重なる。
その影響で始めたかは分からないが、少しは影響があったのかな?なんて思ってしまう。
そんな彼女は今年中に初段を取る、と頑張っていたそうだ。
自宅でもインターネットの囲碁で毎日腕を磨いていた。

そんな折、友人に「おしゃれなカフェで囲碁ができる」と誘われた。
このカフェは囲碁ができるカフェで、毎週1回、「囲碁会」が開催されていたのだ。
磯谷さんは、手作りのケーキを持参したりして、ワインを飲みながら楽しんでいたという。
このカフェに通い始めたのが、事件の起こる4ヶ月前の4月だ。
ちょうどこの頃、彼女にはもう一つ幸せな出来事が起こった。
それは気の合う男性との出会い。

このカフェで出会ったのだろうか。
趣味の囲碁を通じて恋人が出来たのだ。

そうして、日々をひとつひとつ積み重ねていた彼女。

そして8月。事件が起こった。

事件の翌日の8月25日。彼女は、恋人の男性と、食事に行く約束をしていたそうだ。
しかし、残念なことに、その約束を果たすことは出来なかった。

31歳という若さで奪われた人生。

もし、彼女が事件に合っていなければ、この男性と結婚して、子供を作り、囲碁カフェに毎週通いながら幸せな暮らしを送っていたのだろうか。

お母さんには、着々と貯めていたお金でマイホームをプレゼント。
驚くお母さんの顔。ニンマリとする磯谷さん。
いままでありがとう、お母さん。
そんな母娘の会話がそこにはあったかもしれない。

綺麗に流れるカフェでの時間。彼女の人生。
それは泣くこともたくさんあっただろう。でも、それでも、積み上げて積み上げて、前に進んでいったであろう人生だ。

それを奪ったという罪は、死刑の1つや2つで許されるものではないだろう。
極刑に処せられた、神田司死刑囚。
死刑執行となったが、これで彼は許されたわけではない。
法的に課された義務を消化したにすぎない。
死んだ後も、彼は、その大罪を償って償っていくことになると思う。
それには何十年、何百年かかるかはわからない。しかし、それはやっていかねばならない。
彼だけではない。無期懲役の判決で服役中の、川岸健治容疑者、堀慶末容疑者にしても同様である。
今後、決して許されることのないまま、一生を送ることになる。そして死んでもそれは終わらないのだ。