心斎橋通り魔の事件内容は?礒飛被告に極刑判決・当時現場では何が起きたのか

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この事件は2012年6月10日に発生した。

有名な音楽プロデューサー南野信吾氏が、通り魔の犯人に襲われ帰らぬ人となった。
また、このとき、偶然に自転車で通りかかった女性までもが襲われ、命を落とした。

この事件を起こしたのは、前科のある礒飛京三(いそひ きょうぞう)容疑者。

このとき、虚ろな目で現場をうろつき、たまたま通りかかった音楽プロデューサーの南野氏を襲った。
その後、立ち上がり、ふらふらと歩道を次の標的を探すように歩きだした彼。
そこへ何も知らない自転車にのった女性が彼に近づいていく。
たまたまそばに居合わせた会社員が「おばちゃん!危ない!通り魔や!逃げろ!」と叫ぶ。
女性はその声にはっとし、すぐに方向転換したが、時はすでに遅く、彼に襲われてしまったのだ。

その後、彼は現場に駆け付けた警察官によって取り押さえられた。
彼は「誰でもいいから○したかった」という供述をしたそうだ。

この現場はまさに大阪府の中心部。市営地下鉄の心斎橋駅にほど近い、ミナミの繁華街だった。

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この被告を知る人の話

この男性とこの事件の前に刑務所で一緒だったという男性によるネットへの投稿によると、
この事件で報道された犯人の顔写真画像や映像を見て、すぐに、自分が刑務所で服役中に同じ工場で働いていた男性だと気が付いたようだ。
陰気で友達もなく、まわりの人にねちねちと絡んでは喧嘩を仕掛けるタイプだったそうだ。
かなり刑務所内でも浮いていたそうである。
刑務所内では、礒飛(イソヒ)ではなく礒飛(イソトビ)と呼ばれていたそうだ。

検察の今回の裁判における求刑は「死刑」。
その求刑通りの判決ということだ。
弁護側は、心神喪失により、責任能力がなかったという主張をしたが、通らなかったようだ。
被害者の遺族などからすれば、責任能力がなかったの一言で片付けられたらたまらないだろう。

主文を後回しにする、ということは、極刑が宣告されることを示しているため、先の報道で、「主文後まわし」と聞いて、多くの人は「ああ・・」と思ったことだろう。

そして、その通りの判決が下された。

たとえ、この容疑者が○刑になったところで、亡くなった人がよみがえるわけではない。
しかし、すこしでも仇を取れた気持ちにはなれるのではないだろうか。

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