「さぼる」ことは悪ではない・日本人の真面目さへの警鐘

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介護疲れから起こる殺人事件、また劣悪な労働環境による過労死、自殺。
そういった問題は、世界の中でも日本で特に多く発生しているらしい。
日本人の国民性に起因すると見られているが、即ちは、真面目過ぎる、といわれる、日本人の長所から来ているといえる。

勤勉であり、自らを犠牲にしてでも他者に尽くすことが美徳とされるこの日本。
たしかに美しく素晴らしいことでもあるが、そこにとらわれすぎるばかり、自らの命や、果ては他社の命までを奪うことになっては、結果的にその周囲も巻き込んで不幸にする。
他者を幸せにすることが最終的なこの日本人の美徳の目的であるにもかかわらず、これでは本末転倒である。

そう、それを忘れてはならない。
最終目的があってこその美徳。
これを意識することで、行動が変わる。

たとえば、介護に疲れて自らを犠牲にする、これは善なのか?ということだ。
親の介護、ということが多いだろうが、親は子供がそれによって倒れることが幸せなのだろうか?
結局ダウンしたら、それは親も不幸にするし、あなたの周りも余計な手間が生まれることになる。

それであれば、もう、疲れて無理、泣きたい、と、思ったら、最善の選択とは「さぼる」ことである。「手を抜く」といってもいい。

施設に預けられるなら、そうして欲しい。
そんなの残酷だ、思いやりがない、とか、そんなことを思うかもしれない。他者が言うかもしれない。しかし、その時になにが最善かを判断できるのは紛れもなく当事者であるあなただけ。

そして、辛いと思ったら「手を抜く」ことで結果的に未来の自分を含めた周りを幸せにすることができる。

費用の面で無理とか、そういうのはまた別問題だが、それも頼れるところ、自治体でも補助金でもソーシャルワーカーでも、いくらでも頼っていい。それは悪ではない。

仕事においても、辛かったらさぼっていい。休んでいい。
無理して結果的にうつ病になったり、自殺したり、いきなり失踪して連絡が取れなくなる未来が垣間見えたら、未来の周囲の幸せの為の最善策とは、そこで無理をすることでなく、「手を抜く」「さぼる」「休む」ことだろう。
自分勝手ではなく、「周囲を含めた最善の未来」の為に、行うことなのだから、それこそ堂々と休もう。さぼろう。
自分の為ではなく、全体の為。それが日本人の美徳なのだから。それこそ、その大義名分の為に、堂々と休むべきだ。

身を粉にして働く様を提示したところで、1年後に皆が不幸になっていたら、それこそ意味がない。

日本人にはかつて切腹の文化があった。
不祥事をしでかしたら、腹を切って詫びる。自らが命を絶って詫びる。
しかし、ここにどういう効果があるか、そこを考えてみる。

なにかしらの問題が発生させ、その本人が死亡したところで、なんの解決になるのだろう。
経験値を持った貴重な人材が一人消えるのである。問題の発生に加えて人材の喪失までついてくるわけである。問題の上塗りとも言っていい。
人材を育てるのに何十年。時間もそうだが、そこにかかるコストも膨大だったわけであり、それを失うのである。

では切腹にはどういった効果があるのか。

それは、その問題発生によって迷惑を被った人の留飲を下げさせる、ということである。それによって少しでも怒りを鎮めてね、と。
(実際はその家系を断絶させる、重要なポジション争い、などの戦略的な意味がある場合もあるが、ここでは触れないでおく)

まったくもって、周りに与える損失に比べて、得られる利益は果てしなく少ない。

しかし、この考えは、現代でも存在し
問題なのは、それが、無意識に個人が「切腹」を行っていることが多いということだ。

たとえば、プログラマがいたとする。
システムの開発を受注するが、トラブル続き、納品の遅れ。
こんなとき、海外のプログラマであれば、これは無理だと判断すれば単純に契約上の話として、契約を解除する、損害があれば弁護士を立てて対応する、といった対応を取るだろう。精神論ではない。実務的な話であり、それ以上でも以下でもない。
これが日本人だと、怒らせてしまったクライアントの留飲を下げる為、病気になって入院するのだ。実際にわざと病気にはなれないが、無意識化で、自らを「ストレス」で追い詰めることで、「これだけ限界までやったのだから、許してね」というメッセージを発する。そう、日本の場合、非常に、この「入院逃れ」が多い。
入院するまでやったのだからもう仕方ないでしょ、というSOS。
問題なのは、ウソ入院というよりも、本当に体調を壊す。そこまで自らを追い詰め、許しを請う。
これこそが、まさに現代の切腹だ。

「仕事」は「なによりも大事」なのだから、「そこまで」しなければ許されないと思っているのだろう。

これこそが日本がもつ最大の問題である。

そこまでしなくていい。
だって「仕事」なのだから。

これが答えだ。

「仕事」とは「命をかけるもの」
という文化は、時には凶器になり、全体の利益を奪うことになる。

海外の人には言わないが、日本人にはこう言う必要がある。
「もっと適当でいいのよ」
と。

「あなたがやらなければ誰かがやる。」

「物事は落ち着くところに必ず落ち着く。」

のである。

仕事は真面目にやったほうがいいが
命をかけるほどでもない

これくらいが真実だ。

だいたい、命をかけなければ相手の要求を満たせない段階で、適任者はあなた以外にいるということだ。

とにかく、一言。
「さぼれ」

日本人には重要な言葉である。

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